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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(あ)583号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人君野駿平、同寺村恒郎、同山本博、同松本健男、同吉田孝美、同木梨芳繁、同田川章次、同安田叡、同宮里邦雄の上告趣意第一章第一は、憲法二八条違反をいう点もあるが、すべてその実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

同第二の一及び二は、憲法二八条違反をいう点を含め、すべてその実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもって判断すると、使用者は、労働者側がストライキを行っている期間中であっても、操業を継続することができることは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和二四年(オ)第一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決・民集六巻九号八五七頁、同二七年(あ)第四七九八号同三三年五月二八日大法廷判決・刑集一二巻八号一六九四頁、同三一年(あ)第三〇六号同三三年六月二〇日第二小法廷判決・刑集一二巻一〇号二二五〇頁参照)。使用者は、労働者側の正当な争議行為によって業務の正常な運営が阻害されることは受忍しなければならないが、ストライキ中であっても業務の遂行自体を停止しなければならないものではなく、操業阻止を目的とする労働者側の争議手段に対しては操業を継続するために必要とする対抗措置をとることができると解すべきであり、このように解しても所論の指摘するいわゆる労使対等の原則に違背するものではない。従って、使用者が操業を継続するために必要とする業務は、それが労働者側の争議手段に対する対抗措置として行われたものであるからといって、威力業務妨害罪によって保護されるべき業務としての性格を失うものではないというべきである。

これを本件についてみると、原判決の認定及び第一審判決の認定中原判決の是認する部分によれば、山陽電気軌道株式会社(以下「会社」という。)は、バス及び電気軌道による旅客運送業を営む会社であるが、昭和三六年五月当時における従業員約一三〇〇名のうち約五〇〇名は、日本私鉄労働組合総連合会に属する私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部(以下「支部組合」という。)に、その余の約八〇〇名は、昭和三四年一二月に支部組合から分裂して誕生した山陽電軌労働組合(以下「山労」という。)に所属していたものであるところ、昭和三六年の春季闘争に際し、会社と支部組合の団体交渉が難航し、支部組合のストライキが必至の情勢となったところから、これに参加しない山労の就労を前提に争議中もできるだけバスの運行を図ろうとした会社は、前年の春季闘争の際支部組合から会社バスの約九割を確保されてほとんど運行できなかった経験から、再び同様の事態の発生を強く危惧し、支部組合がストライキに突入する前から、車両を車庫以外の相当な場所に分散しこれを保全看守する具体的な計画を取り決め、同年五月二五日ころから車両の分散をはじめ、翌二六日及び支部組合がストライキに入った二七日以降は、第三者の管理する建物等を選び、その日の営業を終った貸切車等から順次回送する方法で数箇所に車両を分散し、これを保全看守したというのである。

そうすると、会社のした右車両分散等の行為は、ストライキの期間中もこれに参加しない山労所属の従業員によって操業を継続しようとした会社が、操業を阻止する手段として支部組合の計画していた車両の確保を未然に防いで本来の運送事業を継続するために必要とした業務であって、これを威力業務妨害罪によって保護されるべき業務とみることに何の支障もないというべきである。以上と同趣旨の原判断は相当として是認できる。

同第二の三は、憲法二八条、二五条、九七条違反をいう点を含め、すべてその実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもって判断すると、ストライキに際し、使用者の継続しようとする操業を阻止するために行われた行為が犯罪構成要件に該当する場合において、その刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、当該行為の動機目的、態様、周囲の客観的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない(前掲、昭和三三年五月二八日大法廷判決、同四三年(あ)第八三七号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻三号四一八頁、同四六年(あ)第一〇九五号同五〇年八月二七日第二小法廷判決・刑集二九巻七号四四二頁、同四八年(あ)第一二三一号同五〇年一一月二五日第三小法廷判決・刑集二九巻一〇号九二八頁参照)。

これを本件についてみると、原判決の認定及び第一審判決の認定中原判決の是認する部分によれば、被告人らによって現に行われた本件の車両確保行為は、いずれも相手方の納得を前提とすることなく一方的に、会社が回送中又は路上に駐車中のバスを奪って支部組合側の支配下に置き(原判示第二章第二及び第四の事実)あるいは会社が取引先の整備工場又は系列下の自動車学校に預託中のバスを搬出しようとして看守者の意思に反して建造物に侵入したもの(同第一及び第五の事実)であって、旅客運送業を営む会社にとり最も重要な生産手段に対する会社の支配管理権を侵害し又は侵害しようとしたものであるばかりでなく、それらの行為は、多数人による暴力を伴う威力を用い(原判示第二章第二及び第四の事実)あるいは多数の威力を示して(同第一及び第五の事実)行われている。右のほか前記認定に現われているその余の具体的状況、本件争議においては、会社側の強い関与を背景に誕生し支部組合に比較するときわめて会社寄りの山労が存在し、この山労が会社従業員の三分の二近くを擁して会社の操業継続に協力したこと、これら山労の存在及び行動が労使間にかなりの力の不均衡を生ぜしめ支部組合側の争議権行使の実効を著しく減殺するものであったこと、しかし、これらの事実は、一面においては、支部組合として争議突入の当然の前提として受容すべき事柄の一つであったことなど、前記認定に現われている諸般の事情及び所論の指摘する交通産業における特殊性をすべて考慮に入れ、法秩序全体の見地から考察するとき、本件車両確保行為は到底許容されるべきものとは認められない。

そうすると、威力業務妨害罪又は建造物侵入罪に該当する本件車両確保行為には刑法上の違法性に欠けるところはないというべきであり、この点に関する原判断は結論において相当である。

同第三は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、同第四は、事実誤認の主張であり、同第二章第一及び第二のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法二八条違反をいう点もあるが、すべてその実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第三は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第四は、憲法二八条違反をいう点を含め、すべてその実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第五のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法二八条違反をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第六は、憲法二八条違反をいう点を含め、すべてその実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊 裁判官 本林 讓)

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